日韓の未来

「元気がない若者」の幻像。/3.1運動関連イベントで思い出した姿。

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3.1節という韓国の祝日である3月1日、 
ソウルで、3.1運動に関するイベントに参加してきました。




私は4年前のこの日、ソウルにいたことがあります。

ワンルームに泊まらせてくれていた韓国人の友達から、 

「3.1の日に日本人を見るのはちょっと…嫌かも」

と言われたことがあります。日本語がとても上手で、日本のアイドルが好きで、 安易な私たちが「日本を好きな韓国人」と認識してしまう、そんな子でさえ。    

う感じる韓国人もいるのだなあと知ってから、 なんとなく3.1というのは私にとっては、普通の日ではなくなりました。

韓国人にとってのその日の重要性を知っている日本人は、少ないのかもしれません。

全然関係なさそうな顔をした日本人が明洞で買い物をしまくっている姿を見れば、 私たちは「歴史」を学んでいるんだと、 自分を誇らしく思えるかもしれません。

 一般的な韓国旅行と違って、実際に韓国人の方たちと出会って議論して、 ちょっと良いことをした気になっているかもしれません。

限られた時間の中だったから、「イベント」として一つの結論を見つけられることができて、 よかったかもしれません。

でもそれは、企画者側が誇るべきことです。

参加者だった若者たちは、確実に一歩進めたと思います。
現状満足などせずに、どんどん次に動いてほしい。
規模の大きいことでなくていいから、
自分がやりたいと思ったことを大切にしてほしい。


で、一番大きな問題だと思うのは、 そういう場にいる若者気取りの大人です。

どういうわけだか 若者の場で自分の話をしている人たちが多すぎると感じています。

自分にはこういう経験があるんだということを自慢げにダラダラ話す人をよく見かけるのですが、正直、それは場違いだと思うんです。

若い人たちには何にも囚われない「斬新さ」があります。その斬新さを引き出すことを知らず、自分の経験を振りかざしてくる人をよく見かけます。

飲み会は、それでも良いと思うんです。

経験を語る必要がない、と言いたいのではありません。

若者にとっての「参考」として必要な学習環境だと思うから。そうやって、自分の学びを生かせるように情報提供をするのは素晴らしい。

ただ、同時に私はお金を出してあげることも大事だと思っています(お金を出すなら、口を出しても文句は言われない)

「若者」対象のイベントである時は、あくまでも「若者」が主体であるべきなんです。話がスムーズに進むように、お金を出して周辺のサポートをすることが望まれます。

固定概念を壊せる若者たちにある程度一任できることもまた、大人のスキル





お金も出して、口も出せば、納得できる。

ところが口を出してばかりでお金を出さない、という人が多いと思うんです。

「最近の若者は元気がないねえ。日本はどうなるのかねえ」  

そう言ってくるシニアもよく見かけるのんですが、謎の「元気がない若者」の幻像を描いているように思います。

「若者だったら日本を変えてくれるだろう」なんて責任逃れみたいなことを言わないでほしい。

若者は若者で、自分たちのやり方で努力しているのだから。(自分の友達にも形は違えど社会を変えるために自分のできることをしている人は多い)

高校生の時に参加した、政治家と高校生のイベントのことを思い出したのですが、 

高校生の出した政策案に、政治家の人がコメントをするという場面があって

 一人は「いやあ、こんな風に頑張っている高校生がいるなんて、日本の未来は明るいなあ。僕が高校生の時なんてね、・・・」  別の一人は「みなさん、よく考えて出した考えだと思いますが、現実的には、〜〜〜の面で、〜〜〜という問題があってですね、実際にこれを政策とするのなら、もっと・・・」      

どっちが、「良いコメント」なんでしょうか。   



若者(当時:高校生)ってなめられているんだなと感じた。

ここはダメだ、もっと考えを詰めろ、というコメントは、私たちに真正面から向き合ってもらえていたわけです。

若者に何かを期待するなら、自分たちも正々堂々、向き合うなりの態勢を整えてほしい。。。

誰もが定型文「期待してますね」というくらいなら、それが実行に移せるほどの万全なサポートを整えるべきだ、と

そう思っただけ。

別に、ディスっているわけではなくって。


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