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人種差別主義は言語システムに表れる


여러분 안녕하세요. みなさんこんにちは。
アンナです。
今日も訪問ありがとうございます!



だいぶご無沙汰になってしまったような気もしますが、
前回扱っていた差別に関するまとめとなるような内容を紹介したいと思います。


今回は、『レイシズム』という本の要約です。
詳細が気になる方は、実際に手にとってご一読ください。




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内容


近頃、「生物学的」な外見上の違いによる差別が注目されていますが、この本ではそうした「生物学的」な「人種差別主義」には科学的根拠がないとして、その問題を探っています。

広義な「人種差別主義」では、「文明」と「野蛮」という二項対立を設定することによって、帝国主義的植民地支配を正当化しようとしており、そこでは「生物学的」差別が行われていました。
筆者は、差別とは罪を罪として認めようとしない自己正当化に根ざすと述べています。例えば、人間は、異種である動物たちを、自分たちの生きる糧として家畜にしていますが、自らの暴力性を認めて共生することを選択してはいません。自分自身の罪を認め得ることで初めて、他者への畏敬の思いが生まれるものですが、残念ながら、自分都合になってしまっている現実があるのです。



それでは、この本で筆者が指摘する点についていくつか紹介したいと思います。


アメリカに対する幻想


筆者は、アメリカが「世界の移民を受け入れる自由な国家」と認識されていることに警鐘を鳴らしています。
なぜなら、侵略者としてアメリカ大陸に移民してきた者が、先住民の土地を占有して自らの所有物であるかのように振る舞ったこと、これがつまり「独立」だったからです。

大英帝国で宗教的に差別迫害されてアメリカ大陸に移民したWASP(White Anglo-Saxon Protestants)は、イギリス英語とは異なるアメリカ英語を使い、そのアメリカ英語によって構築されたのがアメリカ合衆国の法体系だといいます。つまり、大英帝国に反発する形で、イギリス植民地からアメリカ(WASP)は「独立」しましたが、このとき、アメリカ大陸の先住民は差別されたというわけです。

また、ガンディーやマーティン・ルーサー・キングのように、植民地宗主国の言語である英語を操ることでしか、植民地の悲惨さを訴えることができないわけです。
ここで、差別と言語システムとの問題が存在することを指摘しているのです。


言語習得期に差別意識が生まれる


「文明」と「野蛮」という二項対立による差別は、職業的差別にもつながっています。筆者は「キタナイ!」「クサイ!」という言葉を相手に投げつけることによって、相手を排除しているといいます。

子供は、産まれてから言葉を習得する1歳半までの間に、親など周囲の大人たちの基準や考え方、習慣などを内在化します。「なぜやってはいけないのか」ということを考えることなく、大人の言うことに従っています。
ただ生後12ヶ月以後、言語を習得するなかで「なぜ」いけないのかを言語化していくことになるのですが、この時「やってよいこと」というのは「やっていけないこと」の対照的なものとして組み込まれていくのです。

子供は、自分で言葉を使用する前から、すでに大人の使う言葉の違いによって自らの行動をはっきりと区別するようになっています。「他者化」の行為で他者を表象することは、つまり「われわれ」を構成することなのです。
そうした二項対立のなかで、「正常」と見なされていることを疑うことこそが、今後果たされるべきことだと指摘しています。




論文*
(今回は本の要約)





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