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3・1運動直後の歴史教育論⑵


여러분 안녕하세요. みなさんこんにちは。
アンナです。
今日も訪問ありがとうございます!



続きの記事の更新が、月をまたいでしまいました。

学期末が近づいてきてちょっとずつ課題に追われていますが、健康に気をつけて過ごしています。



引き続き、3・1運動直後に、韓国においてどんな歴史教育論が繰り広げられていたのかを紹介していきます。

前回の記事はこちらから。
3・1運動直後の歴史教育論⑴




「朝鮮人本位教育運動」



3・1運動直後、民族教育運動家らによる教育運動を、「朝鮮人本位教育運動」というのですが、
彼らは、前回記事の内容の理由によって、植民統治の一貫として行われた強圧的教育政策を改めようとしていました。



研究者は、彼らがどんな教育観を提示していたのか、まとめています。

3・1運動の前後で、韓国の思想的傾向は、
弱肉強食、優勝劣敗の「社会進化論」的論理から
→第一次世界大戦以後、世界的に唱えられた社会正義と優劣平等の人道主義へ転換していきました。


この人道主義論の思想を背景として、人間性の開発を目指す教育事業に取り組む必要を主張し、人間の本質に基づいた人格の完成を教育の目的にすることを求めるようになりました。

この人格完成のためには、子供の属す民族の特定の民族性と特殊な文化に順応させなければならないということから、韓国史教育を施す必要があると主張していたのです。


つまり、この主張は、歴史の人間形成的な意義を提示して、韓国史の必要性を政治論理ではなく、教育の論理から説くものでした。


歴史教育論の新しさ(まとめ)



3・1運動以前の歴史教育論は:
社会進化論的論理を思想的背景として、教育目的を民族意識と愛国心の涵養などにおき、民族独立運動という政治的手段として歴史を利用としていました。


ところが、3・1運動直後の歴史教育論は:
(①〜⑤の下線部は、研究者がまとめた、「朝鮮人本位教育運動」における歴史教育論の特質です)

①政治と歴史教育の分離が強調されるようになるとともに、
人道主義論への転換などを経て、韓国史の特殊性だけでなく、⑤人類解放、人格完成といった普遍性も意識されるようになりました。
(それゆえ、韓国民族の精神の発展とその価値を追求して、強い民族意識を高揚しようとした民族主義と比べると民族的指向性は弱かったが、これは政治と歴史の分離を主張する場合に存在する、根本的な限界だった。)


・人格完成を目的とした教育では、生活のなかに存在する全ての文化的経験が「歴史」とされ、②支配階級ではなく民衆こそ歴史の主体と認識されました。
そういったなかで、③歴史教育の内容が政治史中心から→文化史中心へと変化させることを求めていました。


・韓国史教育でも、
愛国心や民族意識の涵養ではなく
→人格完成のための民族性の涵養が目指されるようになったのです。
このとき、歴史とは「各民族が歩んできた独自の発展の総体」という認識が進み、④民族と国家を分離した「民族中心の歴史認識」という主張がされました。



ただし、歴史教育内容の具体的な中身は示されていなかった点で問題点があったと、研究者はまとめています。




論文*
権五鉉, 「『韓国人本位教育運動』に現れた歴史教育論」, 『社会科研究』(46), 全国社会科教育学会, 1997.




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